私は6月19日、南相馬に行って被災者の法律相談を担当しました。そこで出された質問のいくつかは、原子力損害賠償紛争審査会がこれまでに発表した第1次指針と第2次指針によって補償対象とされた損害以外は補償されないのか、というものでした。たとえば、原発から31キロの住民からは、30キロ圏外の自主避難者は補償を受けられないのか、「指針」の発表以来、30キロ圏内の住民と圏外の住民間で隙間風が吹き始めている、という相談を受けました。
そこで、ここでは、この「指針」の意味を考えてみることにしました。
原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)というものがあります。その3条は、原子力損害について原子力事業者が「賠償する責めに任ずる。」と規定しています。法律上は「損害賠償」であって、本来は賠償義務を負うものではないが何らかの政策的配慮から経済的償いをする「補償」とは異なります。「指針」が、敢えて「補償」という言葉を使う真意は何か、気になるところです。
さて、この法律では、「原子力損害」とは、核燃料物質の原子核分裂の過程の作用等により生じた損害、つまり、原発の運転などから生じた損害をいうとされています。そして、「AからBが生じた」(これを「因果関係」と言います。)と言えるためには、Aがあれば通常はBを予想できるという関係が必要だとされています(これを、「相当因果関係」と言います。)。そうすると、賠償の対象となるか否かは、通常の感覚で、その損害が原発により生じるものと予想しうるものであるか否かによることになります。「指針」に書いてあるか否かは関係ないのです。
では、どうして「指針」が作成され、発表されるのでしょうか。
今回のような事故が発生すると、広い範囲で様々な損害が発生します。そして、東電に賠償を求める人は、自分の損害が原発によって発生したものであることを証明しなければなりません。この証明を個別の人が行い、東電が個別にこれを判断し個別に損害を計算すると、事務処理がパンクするでしょうし、損害を受けた人々の間での不公平な結果をももたらす可能性があります。そこで、原賠法は、原子力損害賠償紛争審査会が東電と被害者の仲介をすることを定め、その仲介によって上記のような不都合を回避しようとしたのです。今回の「指針」は、審査会がそのような仲介をするための基準として作成したものなのです。この基準に該当すれば、被災者が「指針」に書いてある資料を用意して請求すると、東電は賠償の対象となる損害と認め、「指針」に定める方法で損害額を算出しましょう、ということになります。
したがって、「指針」に定めがない場合は、賠償の対象にならないというのではなく、賠償を求める人が、損害があったこと、その損害が原発と「相当因果関係」があることを証明する必要が生ずるということになるのです。
ここから、二つのことについての注意が必要です。
一つは、「指針」を東電が責任を免れる口実に利用させないようにすることです。東電は、「指針」に記載のないことを理由に賠償を否定することがあってはなりません。被害者の言い分と提出された証明資料を誠意を持って聞き、調べ、判断すべきです。
二つ目は、被害者は、日々、損害に関わると思われることを日誌風にメモしたり、写真に撮影しておいたりして記録し、領収書等を保管しておくことです。そのための道具として、「被災者記録ノート」というものがあります。これについては、群馬弁護士会(0120-445-930)にお問い合わせください。
以上の次第で、「指針」に記載のない損害は賠償されないわけではありません。また、「指針」の計算方法を越える損害が認められないわけでもありません。原子力損害賠償紛争審査会は「指針」を発表するときは、最低限、このことを説明すべきだったのです。これをしないから、誤解と無用な不安を引き起こすことにもなってしまいました。
本論考をお読みの方は、周りの被災者にこのことを説明してあげていただけないでしょうか。(弁護士 樋口和彦)
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